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【明治の50冊】(31)幸徳秋水『廿世紀之怪物帝国主義』 「忘れさせられた」先進性

「廿世紀之怪物帝国主義」の岩波文庫版(左)と、現代語訳された光文社古典新訳文庫版(四万十市立図書館蔵)
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 21世紀を生きる現代人から見れば、19世紀後半から20世紀前半に世界中を覆った「帝国主義」を否定することはたやすい。しかし、この思想が当たり前とされた時代に、その問題点を論理的に批判したのが思想家、幸徳秋水の第一作『廿(にじゅっ)世紀之(の)怪物帝国主義』だ。一時は発禁処分を受けた“忘れさせられた名著”は、その先駆的かつ現代にも通じる内容から、近年再び脚光を浴びている。

 秋水が同書を手掛けたのは、20世紀最初の年でもある明治34年。同書で秋水は、日本の歴史や中国の故事、欧州の動向などを列挙し、帝国主義とは悪用された「愛国心」と「軍国主義」が組み合わされたものだと指摘。「少数の人間の欲望のために、多数の人間の幸福と利益を奪うものだ。(中略)社会の正義と道徳を傷つけ、世界の文明を破壊するものだ」と結論づけた。

 同書の特徴は、その先進性にある。イギリスの経済学者ホブソンの『帝国主義論』(35年)、レーニンの『帝国主義』(大正6年)より前に帝国主義の複雑な構造を見抜き、警鐘を鳴らした。現代とは異なり、当時は〈帝国主義を奉持せざる者は、殆(ほとん)ど政事家にして政事家にあらず〉とされた時代。帝国主義者であることが政治家として当たり前の空気だったのだ。

 「秋水の代表作であり、ジャーナリストとしての批判精神にあふれた作品。『経済面での分析が弱い』などの指摘はあるものの、この時代に帝国主義を分析した先見性は高く評価されるべきだ」

 「幸徳秋水を顕彰する会」(高知県四万十(しまんと)市)の田中全(ぜん)事務局長は、同書についてこう語った。

 執筆時29歳の若き秋水が記した漢文調の文章は多くの新聞で評価された。時事新報は「文章最も流麗にして趣味に富み文学上の著作として十分の価値あり」と評した。思想家の内村鑑三は同作に序文を寄せ、「独創的な著述を世に紹介する栄誉をありがたく思う」と称賛した。

 同書の現代語訳を手掛けた日本政治思想史研究者の山田博雄(ひろお)さんは「一見難しいが、文章の論旨は明快。帝国主義を『怪物』と表現するなど、皮肉の効いたユーモアも散りばめられており、現代の人が読んでも面白く読めると思う」と魅力を語る。

 一方で、同書には40年以上にわたる“受難”の時代があった。発刊の9年後、明治天皇の暗殺を計画したとする「大逆事件」の影響で受けた発禁処分だ。再び同書が日の目を見たのは、先の大戦終結後の昭和27年。時の政権によって「忘れさせられた名著」という指摘もある。

 だが、その先見性は現代に入り再評価されている。岩波文庫(書名は『帝国主義』)は平成16年の改版を経て、今でも順調に版を重ねている。今世紀に入ってからはフランス語訳もされ、基本文献として注目されている。平成27年には、光文社古典新訳文庫で山田さんが手掛けた現代語訳が刊行された。

 秋水について「大逆事件の首謀者」という後ろ暗いイメージを持つ人は少なくない。だが、近年では秋水は冤罪(えんざい)だったとする研究が主流になっている。山田さんは「秋水に不気味なイメージを持つ人はいると思うが、同書の文章からは自由や平等を追い求め、のびのびと生きようとしている青年の姿が浮かぶ」と語る。

 秋水は同書の中で、このまま帝国主義が続けば「前途はただ黒闇々たる地獄あるのみ」と、その後の2度の世界大戦を想起させる予言をしていた。その先見性は、政情不安や格差の拡大が続く今の時代にも学ぶべきところがある。

 「20世紀の『怪物』を通じて、21世紀の目の前にある『怪物』の正体を知るためのきっかけになるのでは。現在進行形で読み継がれていく本だと思う」

 山田さんは、このように話している。(本間英士)

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 次回は15日『みだれ髪』(与謝野晶子)です。

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【プロフィル】幸徳秋水

 こうとく・しゅうすい 明治4年、高知県出身。本名は伝次郎。中江兆民に師事し、日刊紙「万朝報(よろずちょうほう)」の記者となる。34年、国内初の社会主義政党「社会民主党」を結成。43年、「大逆事件」を首謀した疑いで逮捕され、翌44年に39歳で刑死。主な著書に『社会主義神髄』など。

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