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【書評】小説家・秋山香乃が読む『波の上のキネマ』増山実著 いったい何が人を救うのか

『波の上のキネマ』増山実著
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 希望など何一つないと思える苦しい現実の中、いったい何が人を救うのか-。この問いに真正面から取り組んだのが本作だ。

 タイトルからわかる通り、この小説の中心には「映画」がある。物語は、小さな個人経営の映画館が幕を閉じかけているところから始まる。かつては「疲れた心を癒(いや)すもの」として、「みんなが希望を求めて、映画館に押し寄せた」。だが、今となっては抗(あらが)いようがないと思える時代の大波が、容赦なく安室俊介の経営する映画館「波の上キネマ」をのみ込もうとしている。俊介も彼の映画館も、運命に流されかけていた。

 その瀬戸際で俊介は、祖父・俊英が昭和24年に尼崎市に作った波の上キネマが、「この地に産声を上げた歴史」を知りたいと願う。そして、リュウ・ツァイホンという男に導かれ、ジャングルへと足を踏み入れる。日本にジャングルが存在したことにも驚く俊介だが、もっと信じがたいのは、かつてこの地に、映画館があったということだ。さらに、前代未聞のジャングル・キネマができるきっかけを、俊英が作ったというではないか。戦前にここで、いったい何があったというのか。

 この作品は、「日本の近代化の『犠牲』になった」労働者たちの物語でもある。男たちは、過酷な労働と抜け出せぬ生き地獄の日々を強いられる。生と死は常に紙一重で、劣悪な環境下、簡単に次々と人が死んでいく。この話の中には、どんな過酷な運命も跳ね飛ばす、英雄の如(ごと)き強い人間は出てこない。みな、ぎりぎりの精神状態の中、絶望と背中合わせに生きている。それでも、心が折れそうで折れぬ者と、そうでない者とに分かれるのだ。この差は、いったいどこで生まれるのか。答えは本書の中にはっきりと書いてある。

 俊英が、運命とは流されるものではないと気付いたとき、仕方がないと思い込んでいた八方塞がりの人生が動き始める。作者は、人の持つ生きる力を強く信じながら、「道なき道」に道を作るかのように、この物語を書いたに違いない。深く心に残る一作だ。(集英社・1850円+税)

 評・秋山香乃(小説家)

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