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【書評】歌人・川野里子が読む『牧水の恋』俵万智著 七転八倒の心情に寄り添う

『牧水の恋』俵万智著
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 旅と酒と恋の歌人としていまなお人気の高い若山牧水。

 白鳥は哀(かな)しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ

 明治のロマンチシズムの横溢(おういつ)する作品の背景には苦しい恋があった。その恋を読み解く俵万智の方法が歌人ならでは。手紙、評伝、研究書を読み込むことはもちろん、創作者の嗅覚を存分に働かせ、牧水の言葉の「トーンの違い」を感じ分け、言葉の頻度や歌の配列からその心情を探る。

 例えば頻出していた「寂し」が「悲し」に変化した過程から、恋人たちの関係の微妙な変化を読むのだ。その内面探索が面白い。

 牧水には幾人かの恋の相手が憶測されてきたが、本気の恋は一人のみと断言する。他の女性へのラブレターも、その空転する昂(たか)ぶりから、行き詰まった恋を新たな恋で忘れようとする「迎え酒方式」にすぎないとする。

 天地に一の花咲くくちびるを君を吸ふなりわだつみのうへ

 牧水にこのような恋の絶唱を数多く詠ませた恋人は園田小枝子であった。だが彼女は複雑な背景を抱える。また2人が結ばれた房総半島での滞在には第三の人物が付き添っていた。大悟法利雄の研究によって明らかにされたこの衝撃的な事実に俵は注目。牧水の七転八倒に寄り添う。

 恋の歓喜に満ちた歌を「言霊の力を信じた牧水」「あるべき現実を手繰り寄せようとして歌った牧水」と分析し、思いのままにならない現実を言葉によって乗り越えようとする若き歌人の葛藤を浮かび上がらせる。

 寄り添う著者も恋の歌人である。「悲しみは、いうなれば湿った炎だ。音もたてず、ぢぢぢっと私の身を焼いてくる。しかし焼き尽くすことはしない」と牧水の苦しい心情に自らを重ねる。そして自身も切ない恋を詠んだ。

 「おまえとは結婚できないよ」と言われやっぱり食べている朝ごはん

 牧水と俵、2人の共通点は愛唱性だが、もう一つの共通点は恋だろう。2人の歌人の時代を超えた出会いと深い語らいがスリリングだ。(文芸春秋・1700円+税)

 評・川野里子(歌人)

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