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【樹木希林さん葬儀】本木雅弘さん「全ての人に何かをもたらす人だった」

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 --最後の準備とはどんなものだったのか

 「余命宣告を受けて、体や仕事にどういうふうに向き合っていくかや、『私が好きな光林寺でお葬式ができるのかしら』といったことです。お寺には春に家族で下見に来ました。『内容は生きているあなたたちで決めてね。でも、裕也が先か私が先かわからないわよ』って笑っていました。葬式について決めたら、『これで安心。じゃあ次』と準備をしていきました」 

 --治療は

 「延命につながるような治療はしていません。基本的には痛みを和らげるもので、それも樹木さんが正常な意識でいられるように、デリケートに調整していました」

 --自宅に戻るタイミングは樹木さんが決めたのか

 「早く帰したかったのだけど、(体に生命維持のための)管がいっぱいあって、なかなか難しい状況が続いていた。そんななか、看護師さんが『樹木さん、毎晩裕也さんに会いたい、と仰っていますよ』と教えてくれました。ある程度管が外れたタイミングで、本人が「私帰るの」と言ったので、自宅に移送しました」

 「移送のタイミングで亡くなることも覚悟しなければならない状態ではありましたが、心配をよそにとても穏やかに戻ってきて、それからは和やかな時間を過ごすことができました」

 --最後は裕也さんとお電話しながら亡くなったとのことですが

 「家族で集まって樹木さんを囲み、手を握り、(長女で本木さんの妻の)也哉子がずっと話しかけていて、裕也さんも電話で『しっかりしろ』と呼びかけていました。裕也さんが呼びかけるたびに、手に力がこもって、もう意識は離れかけていても聞こえているようでした。それを電話に向かって実況していると、だんだん手の感覚がすっと消えていって、ある種の遠くを見つめるような表情で亡くなりました」

 「裕也さんが樹木さんをみて、『きれいだ、きれいだ』『昔から美人だと思っていたんだよ』と言っていました」

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