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【書評】文筆家・木村衣有子が読む『遊廓に泊まる』関根虎洸著 直に触れられる非日常世界

「遊郭に泊まる」関根虎洸著
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 売春防止法が施行されたのは1958(昭和33)年。だから、遊郭が役目を終えてからすでに60年が経(た)つ。かつて遊郭だった建物は、下宿屋や旅館に転用されている場合が少なからずあるそうだ。しかし、遊郭から転業した旅館を探して宿泊し、1930年に発行された『全国遊郭案内』にも導かれながら取材を続けてきたカメラマンの関根虎洸(ここう)さんによれば「そもそも遊郭だったことを公にしている旅館は少なく、また『昨年まで営業していたのですが』と断られたこともあった」という。

 この本で紹介される、かつて遊郭だった建物に共通しているのは、その建築スタイルは簡素なものではないということだ。天井に描かれた雲龍図、玄関ホールをいろどるステンドグラス、梅や千鳥の形にくりぬかれた飾り窓。非日常を演出するため、そして、娼妓(しょうぎ)の派手派手しい衣装と化粧をもその背景に溶け込ませ、馴染(なじ)ませるため。我(われ)に返らせないための装置なのだ、きっと。

 それらの建物を捉えた写真には、人物は映されていない。でも、かつていた、そして今行き来する人の気配が濃く感じられる。

 築100年を超え、すでに旅館として営業している年月のほうが長くなった、山口は萩の芳和荘のあるじは、やってきた人に「存在自体が許せない」という言葉をぶつけられたこともあると話す。「それがどういう訳か、3年くらい前から若いお客さんが元遊郭を理由に宿泊するようになったんです」

 京都は八幡(やわた)にて、父がかつて遊郭を経営していたという女の人は、今の空気について「そういう時代があったなぁと振り返る余裕ができてきた」のではと言い、けれど「時代を流してしまいたいという人の多いことを肌で感じます」と、相反する言葉も重ねる。「遣(や)る瀬無さと哀(かな)しさがついて回ってます」とも。ただ、建物そのものが姿を消してしまえば、その暗い気持ちを直(じか)には知らない私たちが、思いを馳(は)せることも難しくなってしまうのも本当で。今はまだ直に触れることのできる過去の貴重な記録集だ。(新潮社・1600円+税)

 木村衣有子(文筆家)

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