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【書評】翻訳家、小説家・青木奈緒が読む『私が誰かわかりますか』谷川直子著 前向ける介護・看取り小説

私が誰かわかりますか
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 厚生労働省などの推計によると、認知症の患者数は2025年に700万人、65歳以上の5人に1人と予想されている。本書は、アルツハイマー型認知症をテーマとした介護・看取(みと)り小説である。

 イラストレーターの桃子は離婚による心の傷を抱えながらも、穏やかな性格の隆行との再婚で新たな人生を踏み出そうと、東京から地方都市へと引っ越す。だが、隆行の実家は旧来の考え方が色濃く残る集落で、桃子は長男の嫁としてアルツハイマー病の義父・守の介護に直面する。

 この小説の特徴は介護を受ける守と桃子のいきさつをメインとしながらも、各章で主人公が入れ替わる点だろう。老老介護で自分も体調を崩しながら世間体を気にする義母の心の内や、本家の言い分、村人のうわさを介して語られる施設でケアする人たちの本音。さらに仕事をしながら育児、介護を同時に抱えて追い詰められる女性や、夫が亡くなってから義理の両親の介護を押しつけられる女性など、認知症と向きあうさまざまな人々が描かれる。

 こうした視点の多様性が、この小説にノンフィクションとは違った真実味を与えているのではないだろうか。

 特に桃子の友人、恭子が明かす本音には圧倒される。大っぴらには言えないような心情をずばずばと口にする。きれいごとにはすまされない介護のこと、自分とは無縁と言い切れる人がいるだろうか。

 本書のタイトルである「私が誰かわかりますか」は介護する人がいつかは発する心の叫びだ。第三者なら対価を得てする仕事と割り切ることもできよう。が、身内の介護には義務や責任のほかに、愛情、落胆、嫌悪とさまざまな感情が絡む。身内の関係性があるからこそ、無理の上にも我慢と忍耐を積み重ねるのだが、認知症の症状が進めば、患者はその要の問いにさえ答えられなくなってしまう。

 人の終焉(しゅうえん)とは何か、認知症の看取りとは、最後に桃子に残る思いは何か。重いテーマだが、不思議と重苦しくはならない。今まさに介護のまっ最中という人も、読後にはきっと前を向ける。(朝日新聞出版・1500円+税)

 評・青木奈緒(翻訳家、小説家)

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