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【アート 美】青年期に死と隣り合わせの体験 優美な牡丹に「生」を見る 松尾敏男展 

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 この作品は出品した日本美術院展覧会(院展)で最高賞の日本美術院賞(大観賞)を受賞し、出世作となった。

 以後、次々と名作を制作。日本画の巨匠、横山大観から弟子の堅山南風(かたやまなんぷう)、そして松尾へと引き継がれた名墨を使って制作した幽玄な山水画「連山流水譜(れんざんりゅうすいふ)」、水面をはうように伸びた松を格調高く描出した「緑枝翠影(りょくしすいえい)」、幻想味たっぷりの「月光のサン・マルコ」…。院展で実績を積み、日本美術院の理事長として美術の発展に尽力した。

 「私は芸術家ではありません。日本画を描くただの職人です」が口癖だったという。おごることなく謙虚に創作に打ち込んだ。

 松尾が好んで描いたのが、牡丹(ぼたん)の絵だ。“牡丹の松尾”とも呼ばれ、生涯取り組んだ。

 20歳のときには、知人宅の庭一面に咲いた牡丹に感銘したのがきっかけとされる。以後10年ほど毎年通った。その後、福島県の須賀川牡丹園を毎年のように訪れて写生した。

 院展の最後の出品作も牡丹だった。「玄皎想(げんこうそう)」という作品で、墨の濃淡で表現された葉を背に柔らかい花があでやかに浮かび上がる。咲き誇る白い大輪、いまにも開花しようとする花、そして小さなつぼみが咲くときを待つ。

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