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【昭和天皇の87年】皇太子を名君に… 大任は海の英雄、東郷平八郎に託された

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【昭和天皇の87年】
皇太子を名君に… 大任は海の英雄、東郷平八郎に託された

画=豊嶋哲志 画=豊嶋哲志

 こうして始まった本格的な帝王教育。13歳の裕仁皇太子は毎朝午前6時半までに起床し、朝拝、朝食の後、学問所に入って午前8時から呼吸体操、同15分から授業を受けた。

 時間割は以下の通りだ。

 月(1)倫理(2)外国語(3)漢文(4)習字(5)武課及体操

 火(1)算術(2)歴史(3)外国語(4)国語(5)武課及体操

 水(1)国語(2)外国語(3)地理(4)武課及体操

 木(1)倫理(2)漢文(3)歴史(4)馬術

 金(1)算術(2)外国語(3)国語(4)地理(5)武課及体操

 土(1)歴史(2)博物(※2)

 各45分授業で、のちに算術は数学にかわり、理化学、法制経済、美術史なども加えられた。なお、外国語は英語ではなく、欧州の王室では主流のフランス語である。

 各科目のうち地理、算術、国語などは石井国次や飯島忠夫ら学習院教授が受け持った。馬術は東宮武官の壬生基義(みぶ・もとよし)ら。武課など軍事教育は陸海軍の現役将校が交代で指導した。

 問題は倫理、すなわち学問としての帝王学を誰が教えるかだ。

 将来の天皇の思想形成に直結する科目である。哲学の専門家なら誰でもいいというわけにはいかない。

 当初、候補にあがったのは現職の東京帝大総長、山川健次郎と、一高(現東京大教養学部)の名校長といわれた元京都帝大文科大学長(文学部長)、狩野亨吉(かのう・こうきち)だった。しかし2人が固辞したため人選は難航し、東宮御学問所の授業が始まっても決まらなかった。

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