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【本郷和人の日本史ナナメ読み】大逆事件をめぐって(下)裁判が史学に与えた思わぬ影響

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 なるほど、筋はとおっている。けれども、史実は異なります。例えば1336年、比叡山に籠もっていた後醍醐天皇は、足利尊氏への投降を決意。まず皇太子の恒良親王に譲位し、三種の神器Aを持たせて北陸へ送り出します。ついで京都に下って、持明院統の光明天皇に三種の神器Bを渡す。さらに京都を出奔して吉野に籠もり、自分こそ三種の神器Cをもつ正統な天皇であると宣言します。つまり、この頃、三種の神器はAとBとC、少なくとも3セットはあることになる。だから「正しい三種の神器をもつ天皇が正しい天皇」ではありません。「正しい天皇が持つ三種の神器が、正しい三種の神器」なのです。

                   

 次回は10月4日に掲載します。

                   

 ■後期水戸学の祖、藤田幽谷(ゆうこく)

 1774~1826年。水戸光圀が南朝を正統とした理由は、現在(光圀の時代)の朝廷は正統ではない。よって幕府と将軍こそが名実ともに日本の政治の中心なのだ、と強調したかったから、という説もある(東大名誉教授・尾藤正英氏の説)。水戸学の「尊皇」が先鋭的になるのは有名な東湖の父、幽谷からで、これを「後期水戸学」という。

                   

【プロフィル】本郷和人〈ほんごう・かずと〉東大史料編纂所教授。昭和35年、東京都生まれ。東大文学部卒。博士(文学)。専門は日本中世史。

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