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【書評】編集者、ライター・月永理絵が読む『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』有馬稲子、樋口尚文著 壮絶な人生彩るエピソード

『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』有馬稲子、樋口尚文著
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 「わが愛と残酷の映画史」という過激なタイトルにドキリとした。1950年代から60年代、日本映画の黄金時代を、銀幕スタアとして過ごした有馬稲子。本書は、彼女の映画女優時代を、インタビュー形式で振り返る。

 映画監督の千葉泰樹は、デビュー直後で若さ溢(あふ)れる彼女を見て「えらく暗い子だね」と評したという。言われてみれば、表紙写真に使われた「東京暮色」での彼女には、不思議な倦怠(けんたい)感と陰鬱さが見える。「東京暮色」は、暗い画面と陰惨な物語から、小津安二郎監督の映画のなかでも異色とされ、公開当時は不評を買ったが、近年、その素晴らしさが改めて見直されている。

 聞き手である樋口尚文が補章で指摘するように、彼女のもつ暗さは、生い立ちに起因する部分が大きいのだろう。実の両親との不和、伯母と過ごした釜山での戦争体験。日本の敗戦が決まり、釜山港から密航するさまは、映画のような壮絶さ。命からがら日本に帰国した彼女は、宝塚歌劇団に入団し、18歳で映画デビュー。その後も、年上の監督との生々しい不倫騒動から2度の離婚まで、激動の人生をひた走る。まさに愛と残酷に彩られた一代記だ。

 壮絶な人生とは裏腹に、出演作についての女優の語り口は、実に爽やか。作品の好き嫌いや評価を衒(てら)いのない言葉で紹介していく。不倫関係にあった監督への言葉は厳しいが、監督としての手腕には公平な評価を与えている。

 映画ファンにとって興味深いのは、かつての共演者や監督との秘蔵エピソードを聞けること。「夜の鼓」での今井正監督のいじめともいえる厳しい演出や、共演者である三國連太郎のすさまじい憑依(ひょうい)ぶり。一週間同じシーンを演じさせられ、20回も頬を殴られるなど、過酷な現場にぞっとする。一方、小津の現場の独特の緊張感を知る嬉(うれ)しさも。酒宴での、巨匠のおどけた姿には驚かされた。

 ひとりの人間の視点から断片的に語られる、日本映画の黄金時代。それは、年表に沿った正確な映画史とは違う、証言から浮かび上がるもうひとつの映画史だ。(筑摩書房・1900円+税)

 評・月永理絵(編集者、ライター)

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