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織田信長が今川義元から奪った「天下取りの刀」義元左文字復元プロジェクトが熱気 生誕500年ひかえ

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 生誕500周年を迎えることを機に義元が統治していた静岡では再評価の動きが広がっている。ゆるキャラの「今川さん」もデザインされた。「静岡で有名な武将は徳川家康」との従来のイメージに異を唱えることなども目的という。

 家康の前には義元が「海道一の弓取り」(武将)と呼ばれており、駿河(静岡県)、遠江(静岡県)、三河(愛知県)を領する大名として確固たる地位を築いていた。軍事面においては三河に侵攻してきた織田信秀(信長の父)を撃退し、外交面においては国境を隣接して強大な軍事力をほこる武田信玄や北条氏康と甲相駿三国軍事同盟を締結して国境付近での争いを沈静化させた。内政面では領国を統治する法の「今川仮名目録」に追加の条文を加えて室町幕府からの自立を果たした。金山開発もすすめ、金の採掘を行うと同時に領土の東西を通る東海道での物資流通を促進するなどして国を富ませた。また、家臣団の結束を強化させるなど優れた施策を行っている。暗愚な将とはほど遠い。

■幻の姿

 「義元左文字」は刀匠・正宗の十人の高弟の一人に数えられる左文字源慶の作とされている。自身の作品に「左」の文字を入れることから左文字と呼ばれる。三好政長が初めに所持し、その後武田信虎(信玄の父)を経て今川に伝わった。桶狭間の戦いで義元が所持していたものを信長が入手した。信長は二尺六寸(約78センチ)の長さを二尺一、二寸(約69センチ)まで短くして持ち手の表に「永禄三年五月十九日義元討補刻彼所持刀」、裏に「織田尾張守信長」と彫り、金で文字を書いた。

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