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【緯度経度】東京裁判、オランダのレーリンク判事の思い 三井美奈

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 昨年、旧ユーゴ法廷閉廷に際してセルビア人弁護士を取材した。彼は「やはり勝者の裁判でした」と言った。91年以降の内戦は、米欧軍のユーゴ空爆で終結。民間人が死亡したが、法廷で責任は不問にされた。

 それでも彼は「裁判はやってよかった。われわれが時代に区切りをつけ、再出発できた」と言う。法廷が「人道犯罪は必ず裁かれる」という原則を示し、バルカン半島に平和をもたらしたことを評価した。

 レーリンクが目指したのも、国際法による戦争抑止だった。3年足らずの滞在中、11人の判事の中で最も熱心に日本を探訪した。仏教学者、鈴木大拙(だいせつ)らと交流し、日本理解に努めた。55年には「もう物事を決着させるべき時だ」として、重光以外のA級戦犯も釈放すべきだと主張した。

 三男のヒューホさん(73)は「オランダ政府は戦勝国である米英判事への同調を求め、父は反対意見を出すのに悩んだ。『裁判後のことをみんな考えていない』と懸念もしていた」と話した。

 オランダは植民地東インド(インドネシア)を日本に占領され、反日感情は強く残った。71年の昭和天皇の訪蘭時、レーリンクは「天皇に罪はない」とテレビで述べた。元捕虜らの罵声を浴びても主張は変えなかった。85年、78歳で没した。(パリ支局長)

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