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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】(34)統治四半世紀の「発展」 日韓併合で朝鮮民衆は救われた

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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】
(34)統治四半世紀の「発展」 日韓併合で朝鮮民衆は救われた

京城駅。日本統治時代に建設された朝鮮の鉄道網は5000キロを超えた 京城駅。日本統治時代に建設された朝鮮の鉄道網は5000キロを超えた

 李朝末期には、司法と行政の権限があいまいで、地方官吏が賄賂を受け取り恣意(しい)的に投獄されたりもする“人治主義”がまかり通っていた。その悪弊を駆逐するために、近代的な司法制度・警察制度を整備してゆく。司法では高等法院、覆審法院、地方法院の三審制を実施。朝鮮人の判事・検事や警察官の登用も積極的に行ったのである。

 ◆朝鮮は日満間の鎹

 宇垣の総督時代は、内外とも激動期にあった。就任直後(昭和6年9月)には、満州事変が勃発、関東軍主導で7年3月には満州国が建国されている。退任の年(11年)には、陸軍青年将校らによる「二・二六事件」が発生している。宇垣は、激動の時代こそゆえ、朝鮮のチャンスと見た。

 《朝鮮は実に今は時処(じしょ)を得ている…内地の不安、満支の紛々、世界の擾々裡(じょうじょうり)に超越して極めて平静に漸進しつつある…(朝鮮の)立場は大陸への桟橋であり、日満間の鎹(かすがい)であり…その心臓部に相当している。実に天与の処を得ている。(略)(これまでの「他力主導」の)陋習(ろうしゅう)を清算して…物心両方面の新建設に邁進(まいしん)せざるべからず!》(10年10月)と。=敬称略、土曜掲載(文化部編集委員 喜多由浩)

                   

【プロフィル】宇垣一成(うがき・かずしげ) 慶応4(1868)年、現在の岡山市生まれ。陸軍士官学校卒。陸軍大将。陸相、外相、戦後、参院議員。昭和12年には“陸軍を抑えられる首相”として、組閣の大命が下ったが、陸軍の抵抗に遭い、宇垣内閣は土壇場で実現しなかった。朝鮮総督は6年6月から5年余り務め、農業や商工業の振興を図り、内鮮融和を提唱した。31年、87歳で死去。

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