PR

ライフ ライフ

【話の肖像画】歌手・俳優 ピーター(2)家出し、敷かれたレールから逃げ出す 中学時代のあだ名は「尼さん」

歌手・俳優のピーターさん(佐藤徳昭撮影)
Messenger

 〈昭和27年、地唄舞の吉村流四世家元で人間国宝の吉村雄輝(ゆうき)の長男として大阪市に生まれた。父親からの指導を受け、3歳で初舞台を踏んだ〉

 父には、跡継ぎとして踊りを厳しく教えられました。吉村流は代々女性が家元だったのですが、父親は初めて男性として家元になり、私という跡継ぎもできたため、気負いがあったのかもしれません。

 幼稚園にも行かせてもらえなかった。「わてかて行ってへんねんから、あんたも行かんでよろしい」と言われ、ずっと舞をやらされていました。

 だから私が小学1年のときに両親が離婚して、一番多感な時期を母と鹿児島市で、のびのび過ごしたことは良かったですね。もし都会で舞一筋だったら、ゆがんだ子になっていたと思います。目の前に海と桜島が見える家で、料亭を営む母の忙しい後ろ姿を見て育ちました。土の温かさとか、転んで膝がむけた痛さとか、友達と追いかけっこした汗や泳いだ海のにおいを鹿児島で味わうことができました。

 今も海が見える神奈川県の湘南に住んでいるのは、鹿児島が私にとっての原風景だからでしょう。お芝居で狂気を演じていても、人生や仕事に対して常識的な考え方を知っているからこそ、私は芸能界で長生きできたのだと感じます。

 〈鹿児島の名門進学校、私立ラ・サール中学校に入学するが、42年、中学3年のときに初めて家出する〉

 母を喜ばせたい一心で、頑張って入りました。でも、この先、東大にいって、良いところに就職して…というレールが見えてしまって、「自分のやりたいことは、これじゃない」と感じた。私は、他人が敷いたレールだと、脱線したくなる性分なんです。

 家出の理由には、東京へのあこがれもありました。若者文化を紹介する雑誌「平凡パンチ」などを見ると、楽しそうな都会の記事がいっぱい載っている。世の中は既成の価値観に縛られないサイケデリック文化全盛の時代なのに、自分は田舎にいて丸坊主の中学生で…。なのに女顔だから、「尼さん」なんてあだ名をつけられていましたけどね(笑)。鹿児島にいることで、このまま世の中から取り残されていくような気がしたんです。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ