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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】(33)日本は「供与」し民生を安定・向上させた 「南綿北羊」の農業振興政策

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 ◆父の「思い出の背広」

 朝鮮の牧場で育った初めての豪州緬羊の羊毛は、清津で入札が行われ、4社が応札したが、緬羊の輸出を請け負った兼松がメンツにかけて落札した。

 『写真で語る日豪史…』によれば、その羊毛は内地で紡出され、茶、緑など4系統の毛織物となって、朝鮮総督らに贈られたという。第1船に同乗したシドニーの曽野近一にも、その生地が送られてきた。

 後に、商社マンとなった長男の豪夫は、その生地で仕立てた背広を着て、世界を駆け回った。平成2年に豪州兼松が100周年を迎えたときの記念式典にもその背広を着ていったという。豪夫はいう。「海軍の軍属として父が戦死(昭和18年)したときはまだ国民学校(小学)生でした。父の思い出があまりない私にとって、この背広は本当に大切なもので、“長生き”してくれましたよ」

 “海峡を越えて”朝鮮の近代化に貢献したのは人だけではなかった。=敬称略、土曜掲載(文化部編集委員 喜多由浩)

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