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【話の肖像画】史家・渡辺京二(5) 石牟礼道子という預言者

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 若いときから、自分には芸術家の才能がないことを知っていました。でも芸術を鑑賞する(アプリシエイト)ことはできる。また芸術に対する尊敬の念と同時に、人間にとって非常に重要なそういう才能の持ち主と巡りあったならば、大事に大きく育て、世間に広く知らせるためにできる限りの努力をする。そう考えていました。だから、石牟礼さんとは同志であり、編集者とライターの関係でもありました。

 石牟礼さんは自分のことを小説家ではなく、詩人と考えていました。詩人というのは古代においては預言者の役割を担っていました。「言葉を預かる」という意味において石牟礼さんもまさにそうだったと思います。宗教的な預言者は神からの言葉を預かっています。ならば、石牟礼さんはだれの言葉を預かっていたのか。「山河の言葉」です。そうとしかいいようがない、非常に特異な作家でした。

 近代文学の視点からすれば、石牟礼さんの小説は欠陥だらけといえます。小説技法だけならば優れた作家はほかにたくさんいます。でも、日本の近代文学史を見渡したさい、石牟礼さんと比較できるのは宮沢賢治だけだと考えています。空前絶後であり、日本の近代文学にどうしても必要なものを表現した人でした。

 ただ、「編集者」としてはもう安心です。だって亡くなった後の特集や追悼といったらすごかったでしょう。僕も大変だっただろうって? いや、僕はもう関係ありません。みなさんがお書きになり、ますます新しい人が論じるようになっていますからね。だからもう安心。石牟礼さんに関しては、僕の仕事や任務は終わりました。あの人は、今後何百年もさまざまな形で論議され、研究されてゆく作家です。日本の近代文学、また存命する作家のなかでそんな人はどこにいます?(聞き手 関厚夫)=次回は小説家の真山仁さん

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