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天皇陛下、最後の戦没者追悼式へ あす15日 平和希求、原点は疎開ご経験

 天皇陛下
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 73回目の終戦の日となる15日、天皇陛下は日本武道館(東京都千代田区)で行われる全国戦没者追悼式に臨まれる。来年4月末の譲位を控え、最後の臨席となる式典は、慰霊に向き合われてきた陛下の集大成の場となる。平和を希求する一貫した姿勢は、先の大戦で経験された疎開が原点になったと関係者は指摘する。

 「教室にしていたのは林野庁の山荘だよ」「戦闘機が低空飛行してきてね」

 平成28年3月、都内で行われた学習院初等科の同窓会。陛下はともに疎開した同級生の明石元紹(もとつぐ)さん(84)に声をかけ、戦中の生活を振り返られた。

 陛下の疎開は初等科5年だった昭和19年5月、静岡・沼津御用邸に始まり、同7月に栃木・日光の田母沢(たもざわ)御用邸、20年7月に奥日光・湯元温泉へと居を転じられた。奥日光では同級生が暮らす「南間(なんま)ホテル」別館に起居された。体操などで鍛錬し、畑を耕す日々。同級生の田実(たじつ)英一さん(85)は「弁当のご飯は底が見える程度の量。陛下もご一緒に野草を採り、ゆでて食べた」と回想する。

 一方、同級生は陛下に「次の天皇」の姿を見ていた。疎開先には児童の父母が面会に来たが、昭和天皇、香淳皇后が陛下を訪ねることはなかった。空襲で家が焼失した同級生に、陛下は「戦災にあってお気の毒でした」と声をかけられた。「一緒に遊んでも羽目を外されることはない。別格の方だった」(田実さん)。同級生の森田茂昭さん(85)は「幼少期から両親と離れて暮らしていたとはいえ、寂しさもおありだったのでは」と話す。

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