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【昭和天皇の87年】遊び相手と戦争ごっこも… あらわとなった“名将”の資質

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【昭和天皇の87年】
遊び相手と戦争ごっこも… あらわとなった“名将”の資質

画=井田智康 画=井田智康

 御相手がいることで、遊びのバリエーションも増えた。木登り、椅子取り、鬼事、尻尾取り…(※1)。御相手はそれぞれの親などから、遠慮しないよう、わざと負けたりしないよう言い含められており、ときには玩具の取り合いなどもしたことだろう。

 戦争ごっこもした。

 《(裕仁親王は)かねてより雍仁親王及び御相手と共に、戦事のお遊びをしばしばされる。この日は初めてランドセルを背負われ、鉄砲玩具をお持ちにて僊錦閣(せんきんかく)前までお出ましになり、御自身で御工夫の戦事をされる》(2巻25頁)

 裕仁親王は、いつも一方の指揮官役だった。当時の様子を、のちに丸尾がこう述懐している。

 「御相手と申しても無邪気な子供のことであるから、我儘(わがまま)を言つて容易に、御仰(おお)せに従はない時もあるが、其(それ)を巧(たくみ)に統御遊ばして行かれる段は傍で拝見してゐて感に打たれることが屡々(しばしば)あつた」

 保母の足立孝もこう振り返る。

 「何時も、陛下(裕仁親王)には指揮官とお成り遊ばし、淳宮(あつのみや)殿下(雍仁親王)は御兄宮様の部下にお成りになつて、決して敵味方にお別れになるやうなことはありませんでした。そのお仲のお睦じいことは、お側に奉仕する者の何時もお喜び申上げてゐたことで御座います」

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