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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】(31)朝鮮の文化と習慣を尊重せよ 驚くべき「文化政治」の緩さ

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 日本人への朝鮮語学習奨励は、公務員への手当支給や、主に日本人が通う小学校での朝鮮語教育(随意科目)方針に表れる。教育機関や博物館・図書館を整備し、朝鮮の古文書や古跡、民俗品の調査・研究、収集作業も進めさせた。

 これに後押しされるようにして、朝鮮では、近代文学、映画、音楽といった芸術が花開かせてゆく。   連載初回でも触れたが、朝鮮映画の代表作『アリラン』(大正15年、羅雲奎(ナ・ウンギュ)監督・主演)は、三・一事件で拷問を受けて精神を病んだ男が主人公だ。“親日派”の朝鮮人悪徳地主と主人公らが対決するストーリーは朝鮮人観客に大ヒットし、2年以上もロングラン上映されたが、こんな「抗日色」が強い作品が、よくも検閲をパスできたものだと驚かされる。

 この映画のラストシーンで流れる「アリラン」は当初、「新アリラン」「羅雲奎のアリラン」などと呼ばれたが、メロディーやテンポをすこしずつ変えながらその後「本調アリラン」として定着。朝鮮民族の命ともいえる歌で、星の数ほど存在する「アリラン」の中で現在、最も親しまれているのが、日本統治時代の映画から生まれたこの曲なのである。

 今年の平昌五輪開会式で、南北朝鮮の選手団が合同で入場したとき流された「アリラン」もそう。失われたこの映画のフィルムを、現在も南北ともがやっきになって探しているのもむべなるかなだ。

 大正9年1月1日付談話で斎藤はこう語っている。《…朝鮮の文化と習慣とを尊重して、その長をとり、短を除き、利を興し、害を除き、もって時代の推進に適合せしめん…》と。=敬称略、土曜掲載(文化部編集委員 喜多由浩)

                  

【用語解説】斎藤実(さいとう・まこと) 安政5(1858)年、現在の岩手県奥州市生まれ。海軍兵学校卒。海軍大臣、内大臣、首相(昭和7~9年)などを歴任。朝鮮総督は、第3代(大正8~昭和2年)、第5代(昭和4~6年)の2度務め、緩やかな統治、朝鮮の自主性を重んじる「文化政治」を推進した。内大臣を務めていた昭和11年、二・二六事件に遭い、凶弾に倒れた。

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