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【昭和天皇の87年】幼少期から抜群だった記憶力 弟思いの性格も

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 【気象】〈裕仁親王〉積極的、破壊的、創造的であり、玩具で動物園ひとつ作っても、壊してはまた作り直し、幾度となくさまざまに工夫して遊ぶ。〈雍仁親王〉守成的であり、積み木なども、一つ積み立てるとなかなか壊さず、見て楽しむ。

 このほか報告には、裕仁親王が以前はハエやバッタなどを捕まえて酷たらしく扱っていたこと、しかし最近は何事でも「かわいそうだから」と言えば許すようになったこと、沈着した態度は「いまた御発達あそばされ」ないことなどが、詳細に記されている。

 皇孫御養育掛長の丸尾錦作らは、こうした観察を定期的に行うことで、両親王の短所を改め、長所を伸ばしていったのだろう。

 翌39年5月からは、いよいよ幼稚園生活が始まる。そして両親王は、ますます視野を広げていく--。(社会部編集委員 川瀬弘至 毎週土曜、日曜掲載)

(※1)最初の「御相手」となった久松定謙は伯爵・久松定詮の子、稲葉直通は子爵・稲葉順通の子、千田貞清は男爵・千田貞暁の孫、山岡重幸は陸軍砲兵中佐・山岡熊治の子。

(※2)裕仁、雍仁両親王の「御状況報告」は、両親王の養育担当者らが作成したのを、原敬が内相だったときに入手したものとみられ、戦後に盛岡市の旧原敬別邸の倉庫から見つかった。

【参考・引用文献】

○宮内庁編『昭和天皇実録』1巻

○高橋紘著『人間 昭和天皇(上)』(講談社)

○甘露寺受長著『背広の天皇』(東西文明社)

○原敬文書研究会編『原敬関係文書』別巻(日本放送出版協会)

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