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【昭和天皇の87年】幼少期から抜群だった記憶力 弟思いの性格も

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 幼少期の裕仁親王の発育状況を知る資料として、昭和54年に見つかった「迪宮(みちのみや)殿下淳宮(あつのみや)殿下御状況報告」がある(※2)。明治から大正にかけて内相や首相を歴任した原敬が保管していたもので、裕仁親王4歳、雍仁親王3歳のときの記憶力、理解力、推理力などについて、以下のような内容が記録されている。

 明治38年12月報告

 【記憶】〈裕仁親王〉姓名、人の所作などの記憶がとてもよく、1年あるいは2年前のことでもよく記憶していて、日々驚かされることが多い。〈雍仁親王〉迪宮ほどではないが、普通児よりははるかによく、一度止めたことは決して再びすることはない。「いけない いうたから しない」と言っている。

 【理解】〈裕仁親王〉数については、7月頃にはまだ2という数の概念も十分でなく、物の数をかぞえようという考えはほとんどなかったが、次第に進歩し、今は5までは会得している。〈雍仁親王〉数についての概念は、とても少なかったが、今は4まではしっかり数へられる。

 【推理】〈裕仁親王〉想像力が強いとともに、何事によらず推理されることも多い。〈雍仁親王〉年にもまして、とても強い。

 【友愛】〈裕仁親王〉弟宮たちを思う心の厚いことは、とても立派で、一片の紙すら自分が得たなら必ず淳宮にと言う。〈雍仁親王〉5~6月頃には、少しでも兄宮の手が自分の玩具に触れることがあれば、「いけない、悪いおにいちゃま」と言っていたが、今は折り紙一つあげても「御兄様のないから、拵(こし)らえてくれ」と言う。

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