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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】(30)政治腐敗蔓延の李朝末期 日本は「誠意」を持って「奮闘」した

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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】
(30)政治腐敗蔓延の李朝末期 日本は「誠意」を持って「奮闘」した

民族衣装を着た朝鮮の女性(横山たか子さん提供) 民族衣装を着た朝鮮の女性(横山たか子さん提供)

 昭和3年発行の『総督政治史論』(青柳綱太郎著)は、初代朝鮮総督を務めた寺内正毅(まさたけ)(1852~1919年、陸軍大将、陸軍大臣、首相など歴任)の「武断政治」をこう評価している。

 《朝鮮民族にとりては過分の文明政治であった…4方面(教育、衛生、農業、交通・通信)より、朝鮮の社会に貢献せし…》

 さらには、《寺内伯の武断主義は、即(すなわ)ち法治主義の別名とでも言い得る…朝鮮民族政治の改革には、民族心理の根本的改革が必要であると信じたからだ》と。権力者の意向で政治がゆがめられる“人治主義”を正そうとしたというのだ。

 ◆日本版「太陽政策」

 さて、「文化政治」である。世界的な民族自決主義の波に煽(あお)られ、朝鮮全土に広がった「三・一事件」の直後(大正8年8月)に、第3代朝鮮総督に就任した斎藤実(まこと)(1858~1936年、海軍大臣、首相、内大臣など歴任)は、京城到着早々、爆弾テロに遭っている(斎藤は無事)。

 朝鮮の抗日・独立運動家らは戦々恐々としていたのだ。何しろ、三・一事件の嵐が吹き荒れた後である。今度は、どんな強圧的な総督が来るのか? と。ところが、斎藤は「北風」を吹かすのではなく、「暖かい太陽」で、旅人のコートを脱がすがごとく、さらに緩やかな統治に舵を切る。

 軍主導の憲兵警察→普通警察の転換▽朝鮮の伝統文化、風習、言葉の奨励・保護▽集会・結社の規制緩和といった諸政策のみならず、斎藤は日鮮を同一視する(一視同仁(いっしどうじん))内地延長主義を掲げ、最終的に「朝鮮の自治州化」まで念頭に置いていたというのだから、血気にはやっていた朝鮮人も腰を抜かした。

 まさしく、イザベラ女史が指摘した「誠意を持って」「朝鮮を隷属させる意図なく」「自立の保証人」として、である。

 すると、今度は日本の世論が沸騰する。「生ぬるい」「(朝鮮の近代化は)まだそこまで成熟していない」…等々。だが、斎藤の度量が、朝鮮の新たな文化や近代化の花を咲かせることになる。=敬称略(文化部編集委員 喜多由浩)

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