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【本郷和人の日本史ナナメ読み】明治の女子教育(上)会津の気骨示した山川兄妹

山川健次郎(国立国会図書館蔵)
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 ぼくは中高一貫校の武蔵学園(私立)というところに在籍していました。ぼく自身の成績は並か並の下。日常の活動も良くも悪くも目立つところなく、まさに「その他大勢」の一人でした。ところがぼくの学年はきわめて優秀で、各界で活躍する人材を輩出しています。

 なかでも、睡眠の科学的解析に多大な業績を挙げている柳沢正史(まさし)くん(筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構長・教授)は「日本でノーベル賞にもっとも近い人物」などと紹介されることがありますね。彼は平凡を絵に描いたようなぼくのことなど覚えていないに違いありませんが、ぼくの方は高3のときに「山川賞」を獲得した彼の活躍を「すごいなあ」と感嘆して眺めていました。まさに栴檀(せんだん)は双葉より芳(かんば)し、というわけです。

 この山川賞、武蔵学園内の特別な賞で、理系の研究を対象に与えられます。受賞のハードルはきわめて高く、大学の研究者から「すばらしい」と評価されることが条件ですので、めったに授与されることがありません。ところがぼくの学年は、文系の山本賞、理系の山川賞、ともに受賞者を出したのです。同期としてはまことに誇らしい限り。はいはい、ぼく自身は平々凡々、まあったく関係ないのですが(ちなみに山本賞を受けたのは、建築史学の第一人者であり、いま工学院大学で理事長の任にある後藤治くん)。

 山川賞の名は武蔵学園の前身、旧制武蔵高等学校の校長を務めた山川健次郎(1854~1931年)先生に由来します。山川先生は明治時代から昭和初期にかけての日本の物理学者で教育者。男爵、理学博士(東京大学初)。会津藩出身で白虎隊の隊士として新政府軍と戦い、後に国費でアメリカに留学してイエール大学に学びました。帰国後、東京開成学校に勤務して、48歳で東京帝国大学の総長に。その後、九州帝国大学の初代総長、京都帝国大学の総長、それから旧制武蔵高等学校校長などを歴任。貴族院議員、枢密顧問官にもなっています。「初めてカレーライスを食べた日本人」でもあるそうです。

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