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【産経抄】7月22日

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 天は人に2つの耳と1つの口を与えた。「だから話すことの2倍だけ聞かねばならない」と、古代ギリシャの言葉にある。巷間(こうかん)にあふれる格言や名言も、「話す」ことより「聞く」ことに重きを置いたものが多い。

 ▼口は自分の声を外側に押し出すもの、耳は他人の声を内側に受け入れるもの。耳の使い方はそれゆえ難しい。利害の反する2人を前に、片方の耳を閉じて一方の言い分のみを聞き入れたばかりに、取り返しのつかない結果を招く。そんな故実は枚挙にいとまがない。

 ▼東京で5歳の女児が親の虐待を受けて亡くなった事件は、耳の使い方を誤った痛恨の事例だった。児童相談所の職員は自宅を訪れながら、立ち入りを拒む親の言い分をのんで引き下がっている。暖房もない部屋で、寒さに震え続けた女児の声を聞くことはなかった。

 ▼「ゆるしてください おねがいします」。覚えたての平仮名でつづった女児は、許しを請いながら短い命を閉じた。どれほど酷薄な親であれ、それでもすがるしかないのが虐待を受ける子供の現実だろう。親が閉ざした厚い扉は、周りの大人がこじ開けるほかない。

 ▼この事件を教訓に、政府は児相の児童福祉司を今後4年間で2千人増やすという。安全確認のための立ち入り調査もルール化されたが、頭数の多寡だけで片付けてはなるまい。幼い命を救うという使命感を、新たに加わる職員一人一人が共有しなければ意味はない。

 ▼谷川俊太郎さんの詩『みみをすます』の一節にある。〈ひとつのおとに/ひとつのこえに/みみをすますことが/もうひとつのおとに/もうひとつのこえに/みみをふさぐことに/ならないように〉。今もどこかで幼い命が泣いていないか。耳を澄ますべき声は扉の向こうにある。

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