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【温故地震】明治三陸地震津波(1896年) 巨石を運んだ津波の威力 都司嘉宣

岩手県田野畑村羅賀の津波石(都司嘉宣氏提供)
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 地震や火山活動などの影響で、海水が巨大な波となって沿岸を襲う津波。そのエネルギーはすさまじく、海岸の大きな石や岩を常識では考えられないほどの高さまで運び上げることがある。運ばれて残った巨石は「津波石」と呼ばれる。

 高さ40メートル近い波が三陸海岸を襲い、死者が2万人を超えた1896(明治29)年6月15日の「三陸地震津波」では、岩手県北部の太平洋岸に位置する田野畑村の羅賀(らが)という集落で標高29メートルの高さまで海水が駆け上がった。このときに海中の巨石が、海岸線から約250メートル内陸の標高25メートルの畑地まで運び上げられた。

 石の寸法は縦3メートル、横2メートル、高さ1メートル余りとかなり大きく、重さは約20トンと推定される。側面にフジツボなどが付着していた痕跡があり、元は海にあったとはっきり分かる。

 羅賀には、この近くにもう一つ、大きさ、標高がほぼ同じ別の津波石がある。一つだけでないということは、被害が大きかったことの証拠でもあり、田野畑村では実際に、この津波で128人が死亡し、家屋32戸が流失する大きな被害が出たことが記録されている。

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