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【昭和天皇の87年】ドイツ人医師がみた皇太子一家の「本当の幸福な家庭生活」

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【昭和天皇の87年】
ドイツ人医師がみた皇太子一家の「本当の幸福な家庭生活」

画=井田智康 画=井田智康

 裕仁親王が弟思いだったことを示すエピソードは少なくない。

 前年8月に死去するまで養育を任されていた枢密顧問官(元海軍卿)川村純義の次女、花子によれば、裕仁親王は「どんな些細(ささい)なものでも、御弟君の淳宮様へお分かちになることをお忘れになりませんでした」という。

 雍仁親王付きの看護婦だった田中信子も、のちにこう述懐している。

 「淳宮様の玩具など弄ばせ給ふを見ては『危ない、危ない』と仰せられ、共々に水晶の兎や蝋石(ろうせき)の牛、さては汽車などぐるぐる回させられ、至つてお仲睦(むつま)じくお遊びで御座いました」

 宣仁親王はしばらく沼津御用邸で育てられた。その間、近くの故川村純義別邸で過ごしていた裕仁、雍仁両親王が、たびたび乳児の弟を見に行った様子が昭和天皇実録に記されている。

 4月6日《沼津御用邸に御参邸になり、宣仁親王と御対顔になる》(1巻78頁)

 4月11日《御庭にて御運動中のところ、宣仁親王海岸よりお成りにつき、御対顔になる》(1巻79頁)

× × ×

 もっとも裕仁、雍仁両親王にとって、何より嬉しかったのは母、節子皇太子妃とのふれ合いだろう。東京で宣仁親王を出産した節子皇太子妃に会うのは、4カ月半ぶりである。久しぶりの母のぬくもりを、裕仁親王はどう感じただろうか。

 3月31日《午後、(裕仁親王は)御庭の土堤上より往来を隔てて、皇太子妃と御対顔になる》(1巻78頁)

 4月7日《午後、(裕仁親王は)雍仁親王と共に海岸へお出ましになり、同所を御散歩中の皇太子妃とお過ごしになる》(同)

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