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【平成の証言】「あと数秒耐えられたら。しかし、日本は弱くて負けたんじゃない」(5年10月~6年4月)

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■5年12月

 「生還しました、と言えればいいなと思っています。仕事を忘れて闘いに行きます」 (タレントの逸見政孝さん)

 フジテレビのアナウンサーとして活躍し、独立後も「平成教育委員会」などの司会で親しまれた逸見さんが25日、がん性悪液質のため48歳で死去した。これは9月にがんを告白した記者会見での言葉。ぎりぎりまで復帰を目指していたという。

 逸見さんの会見後、自治体のがん検診受診希望者が急増し、がん告知の問題も改めて注目された。最後に社会に大きな影響を残して逸見さんは去った。

■6年1月

 「『悪魔』は一度聞いたら忘れられない名前で、将来役に立つ」 (東京都昭島市の男性)

 長男を「悪魔」と命名した出生届が前年8月に東京都昭島市で出され、市役所側が「子供の将来に悪影響を及ぼす」として受理せず、別の名前にするよう指導していたことがこの月、発覚。父親は東京家裁八王子支部に不服申し立てを行い、子供に「悪魔」と名付けることの是非が大きな話題になった。

 家裁が命名を認めたため、市は即時抗告。最終的に父親が「これ以上、名なしの状態が続いては子供に申し訳ない」として申し立てを取り下げた。

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