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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】(26)ハングル普及に貢献した日本人 中国崇拝一辺倒を打破

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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】
(26)ハングル普及に貢献した日本人 中国崇拝一辺倒を打破

ハングルの標識。慣れない日本人はハングル酔いになる?=韓国・ソウル ハングルの標識。慣れない日本人はハングル酔いになる?=韓国・ソウル

 ◆一村一校の小学校建設

 日本統治時代、ハングルは普通学校(小学校)の教科書に載り、朝鮮の子供たちに普及してゆく。

 日本が建てた初等教育の学校は、明治45年に500校あまり(児童数約6万6千人)だったが、「一面(村)一校」を合言葉に地方に広がり、昭和11年には、約2500校・児童数約93万人→16年、約3700校・約170万人と急増。終戦前の就学率が、5割を超えていたのは前回書いた通りである。

 初等教育機関は当初、日本人が主の小学校(一部の朝鮮人も通った)と朝鮮人児童の普通学校に分かれていた。昭和12年に名称はともに小学校となったが、学校の統一はされていない。「国語(日本語)能力」に差があったからである。

 朝鮮総督府は、普通学校で教える朝鮮語で、ハングルのつづりを統一するため、朝鮮語学者の協力を得て昭和5年に、諺文綴字(つづりじ)法を公布。正書法を完成させてゆく。

 前回、国語政策の「時代による濃淡」について触れた。大正8(1919)年の大規模な抗日運動(三・一事件)以降、日本は“緩やかな”「文化政治」にかじを切る。結社、集会の規制が緩められ、今も続く朝鮮日報や東亜日報といった朝鮮語の新聞も、この時期に創刊されている。

 だが、日中戦争開始(昭和12年)以降は、朝鮮でも戦時体制として皇民化政策が進められ、自由な雰囲気は失われてゆく。ハングルの普及活動を進めた朝鮮人の民間団体が、民族運動、独立運動の拠点とみなされ、治安維持法で検挙される事件も起きている(17年の「朝鮮語学会事件」)。

 ハングルは再び“日陰の身”とされたが、ハングル交じりの新聞(毎日新報)は終戦まで発行されている。

 戦後の韓国・北朝鮮は、一転して、民族意識の象徴としてのハングルを重んじ、漢字を排除するようになる。韓国では漢字教育をほとんど受けなかった「ハングル世代」が大多数を占め、自分の名前すら漢字で書けない人も多い。どうもこの民族は、極端に走りすぎる。=敬称略、土曜掲載(文化部編集委員 喜多由浩)

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