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【話の肖像画】自民党副総裁・高村正彦(3) ペルー事件、カストロ氏に直談判

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 3月に入ると、フジモリ氏がテロリストの亡命先確保を目的に、キューバを訪れました。この動きをみて、私もペルーとキューバ、ドミニカ共和国に飛びました。私はカストロ氏に仲介を頼むつもりでしたが、マスコミには「亡命先を確保するため」と説明し、真の目的は伏せました。フジモリ氏からは「亡命先だけでなく、カストロに電話での説得を頼んだが断られた」という驚きの事実も聞きました。

 キューバでは、私もカストロ氏に電話でセルパを説得するよう頼んだのですが、カストロ氏は「電話は世界中に聞かれる」と断りました。「どんな手段でもいいので説得してほしい」と言いましたが「仲介はやらない。話し合いがついたら彼らを引き受ける」というのが限界でした。会談を終え、私はハバナの在キューバ日本大使公邸に引き揚げました。すると、大使が急に「公邸の夕食会にカストロ氏が来るかもしれない」というのです。実際、午後8時ごろにやってきました。私は交渉は終わったので、楽しくご飯を食べようと考えました。カストロ氏は「フランス共産党の委員長が夏のバカンスにいいワインを持ってくるんだ」などと話し、私は「キューバの野球選手を日本のプロ野球に送れば両国の友好に役立つ」なんて勝手なことを言いました。

 午前0時を少し回った頃、カストロ氏がすくっと立ち上がり「これから仕事がある」と言って帰りました。後から聞いた話ですが、カストロ氏は帰宅後、セルパに説得の手紙を書いたそうです。非常にくだけたスペイン語で「お前たち、十分頑張ったじゃないか。これ以上頑張ってもフジモリが譲るとは思えない。キューバは良い所だ。来い」と。

 この手紙はペルー軍が突入した後、現場で発見されました。少し複雑な気持ちでした。セルパらは手紙で「カストロが乗りだしたからもう突入はない」と甘くみて、公邸1階でサッカーのまねごとを始めたからです。その隙にペルー軍が急襲しました。カストロ氏にすれば決して良い思い出ではないでしょうが、結果として日本人の人質は全員救出され、私は恩義を感じています。(聞き手 水内茂幸)

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