PR

ライフ ライフ

【話の肖像画】政治評論家・屋山太郎(3) 権力組織を次々実名で批判

Messenger

 中立なはずの教育現場で、社会主義イデオロギーに偏した指導をする日教組(日本教職員組合)に対しても「解体論」を展開した。総評(日本労働組合総評議会)も批判したし、西山事件もたたいた。

 そのうち僕の批評が載った雑誌が発売されると、時事通信の政治部に抗議の電話がかかってくるようになった。愉快な同僚がいて「はい、屋山の事務所でございます」なんて電話を取っていたけど、迷惑をかけたかもしれないね。

 〈批判の刃は金権政治全盛期の自民党実力者たちにも振り下ろされた。昭和40年代後半から激化する田中角栄元首相と福田赳夫元首相の「角福戦争」で、永田町には札束が飛び交っていた〉

 何をするにもカネ、カネ。重宗雄三という自民党出身の参院議長がいた。いろんな議員が封筒を持って力添えを頼みに来る実力者の一人だった。黙って横で見ていたら、協力を断るときでも一回、封筒を受け取り、机の引き出しに収める。そしてすぐに引き出しから封筒を返して断るという具合だった。不思議に思って、ある時「議長、なぜ封筒を一回引き出しに入れてから断るんですか」と聞いたんだよ。そしたらこう答えた。「引き出しの中に秤(はかり)があるんだ」とね。つまり、カネを重さで量って協力の是非を決めるほどカネ浸しになっていたんだね。

 田中角栄(元首相)の早坂茂三秘書から話があると言われて会いにいったら、「飲むのに使ってくれ」と厚い封筒をテーブルに置かれたことがあった。かっとなって「持ってくところを間違っているだろ!」と言って、指先で向こうにはじき返そうとしたら指が痛かった。いくら札を入れればあんな重さになるのか。そんな風潮が許せなくて徹底的に批判し、選挙制度そのものを変えなければ改まらないと確信するようになった。(聞き手 佐々木美恵)

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ