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【話の肖像画】政治評論家・屋山太郎(1) 父の教えで「喧嘩太郎」に

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 〈記者時代のあだ名は「喧嘩(けんか)太郎」。最初から記者志望ではなく、理由は別にあった〉

 外国に行きたかった。いろんな体験をして小説家になりたかったんだ。商売の才能はないと分かっていた。おやじから「外国に行くなら確率が高いのはマスコミだろ」とアドバイスを受けた。海外特派員になれる確率が一番高いのは時事通信だった。入ってみたものの、同期12人のうち6人が東大出で、僕みたいに大学の5年間、剣道と麻雀(マージャン)に明け暮れた人間はいない。まずいと悟ったね。学力の落ちる野郎がどうすべきか。上司にとって一番使いやすい人間になろうと考えた。地方行政ニュースを扱う内政部に配属されたから、47人の知事、約550人いた市長の名前、取材先の役所の担当課の電話番号をすべて丸暗記した。デスクはやりやすいだろ、僕に聞けば即答するんだから。社長から『稗田阿礼(ひえだのあれ)』(古事記の編集者の一人で驚異的な記憶力があったとされる)というのはお前か」とからかわれた。

 〈頭角を現したとはいえ、若手がすぐに海外特派員になれるほど甘くはない。先輩との出会いが次の飛躍を導く〉(聞き手 佐々木美恵)

【プロフィル】屋山太郎

 ややま・たろう 昭和7年6月4日、福岡県生まれ。東北大文学部卒業後、34年、時事通信社に入社。政治部記者、ローマ特派員、首相官邸キャップ、ジュネーブ特派員、編集委員兼解説委員などを歴任し、62年に退社。政治評論家として歯にきぬ着せぬ鋭い論陣を展開。一方で56年、第2臨時行革調査会(土光臨調)に参画し、国鉄の分割・民営化を進めた。行政改革推進審議会専門委員、選挙制度審議会委員、臨時教育審議会専門委員も務めるなど行財政改革や選挙制度改革を推進した。「正論」メンバーで、平成13年に第17回正論大賞を受賞した。著書多数。

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