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【本郷和人の日本史ナナメ読み】大隈重信の不遇(下)西郷どんと信長の意外な共通点

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【本郷和人の日本史ナナメ読み】
大隈重信の不遇(下)西郷どんと信長の意外な共通点

早稲田大学の大隈講堂と大隈重信像=東京都新宿区(桐山弘太撮影) 早稲田大学の大隈講堂と大隈重信像=東京都新宿区(桐山弘太撮影)

 信長ほどの人ですから、有能な家臣が命を張るべき状況は知り抜いていたでしょう。「殿、ここは私が身代わりに。早くお逃げください」「わかった、そなたの死は無駄にはせぬぞ」なんてのは名誉ある討ち死に。でも「勝敗は決した。あとは追い首じゃ。者ども、かかれえー。ん? どうした仙千代? なんじゃ流れ弾に当たりおったか」。これじゃあね…。

 鶏を割くに焉(いずく)んぞ牛刀を用いん、といいます。でも信長はお構いなし。かわいい幹部候補に、あんまり意味のない(とぼくには思える)殺し合いをやらせた。これはたぶん、信長が西郷と同じ尺度を持っていたためだと考えられます。とりあえず、敵を討ち取ってこい。クビをもってこい。それができて一人前だ、と。机上でどれだけの仕事をしても、それだけでは認められないのです。

 最後に付言すると、大隈重信のほうも、西郷隆盛を評価していません。木戸孝允は多感多情で進歩主義の人、大久保利通は意志の強い優れた政治家、と褒めています。ところが、西郷に対しては、政治上の能力が果たしてあったのか?と手厳しい(『大隈伯昔日譚』『大隈侯昔日譚』)。

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