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【話の肖像画】元サッカー日本代表・釜本邦茂(2) 五輪や外国に行けるとサッカーへ

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 〈高校時代には大きな出会いもあった。西ドイツ出身で、「日本サッカーの父」といわれるデットマール・クラマーさんだ。西京極競技場(京都市)で開かれた講習会で指導を受けた〉

 社会人、大学生が対象だったのに、高校生だった自分も特別に呼ばれた。「どうせ、ボール運びや球拾いで呼ばれたんだろう」と思ってグラウンドの端っこにいたら、クラマーさんから「何している。サッカーやらなきゃ」と言われた。

 そこで、ボールの蹴り方や止め方、ヘディングの仕方まで基本を徹底して教わった。当時、そこまで系統的に教えてもらうことはなかった。当時のサッカーは「蹴って、走れ」「点を取ってこい」という“指導”だったので。びっくりしたし、非常に大きな経験だった。クラマーさんにはその後、日本代表でずっとお世話になりました。

 〈早稲田大へ進学し、天皇杯で社会人のチームを破り2度も優勝。関東大学リーグでは4年連続得点王に輝く〉

 早稲田を選んだのは東京五輪を意識したから。父親に進学先を告げると、「何しに、東京へ行くんや」と反対された。「東京には強い学校がいっぱいあって、そこでやりたい」と説得しました。

 大学の同期生には(後に日本代表となる)森孝慈らがいたりして、高校時代とは違ったレベルだった。ヘディングシュートに力を入れ始めたのもこのころです。東京五輪の日本代表に選ばれたのが大学在学中の20歳のとき。最年少で選ばれた。幸運だったし、早稲田を選んだのも正解でした。(聞き手 江目智則)

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