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【谷山雄二朗のばかモン英語塾】(39)THREE LOVE 北朝鮮で“人権外交”を行った初の日本人

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【谷山雄二朗のばかモン英語塾】
(39)THREE LOVE 北朝鮮で“人権外交”を行った初の日本人

谷山雄二朗氏 谷山雄二朗氏

 銀座4丁目の交差点のランドマーク、三愛ビル。海水浴シーズンが今年もやってきた。

 三愛の水着を買いに行く女子は今年も列をなすだろうが、その SAN-AI なるネーミングの由来が人を愛す、国を愛す、勤労を愛す-という意味であることを知る日本人はもはやいない。THREE LOVE.

 戦後「経営の神様」と言われた市村清氏は、1900年に佐賀で生まれた。幼少期から秀才として知られながら大家族を養う親は学費を捻出できず、清少年は名門佐賀中の中退を余儀なくされ、母親とともに大根の行商で家計を支えた。かつての同級生から白い目で見られるのが耐えられず、その後上京し、昼間は銀行に勤め夜は中央大で経済学を修めた。給料日まで食費がもたず、深夜空腹に耐えられず枕を破り詰めてあった豆を煮込んで食べた。

 肥満が社会問題化している現代から見ればにわかに信じ難い話だが、清青年は様々な貧苦逆境を乗り越えてその後、敗戦後の日本を牽引する超一流の経済人になった。

 戦時中の1943年、国を愛する若きビジネスマン市村清は、深刻な鉄不足に悩む祖国になんとか貢献したい-との一心から製鉄会社を朝鮮で起こした。

 今の北朝鮮東部にあった利原鉄山の粉鉱を利用するこの試みは、当時の陸軍大臣、東條英機さらに商工相、岸信介の全面的支持を得た。そしてこの時、清がこの新会社の社是として提唱したものこそ、三愛主義という独自の哲学であった。軍部がタダ同然で現地の土地を強制接収していた時代に、清は工場建設予定地の土地を所有する農家一つ一つを自ら回り、適正価格で買い取った。

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