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【本郷和人の日本史ナナメ読み】大隈重信の不遇(上)有能なのに西郷はなぜ嫌った?

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 お財布を握っている人がエラいのは、古今東西、変わらない。大隈は明治政府の中でどんどん存在感を増していきます。明治ひとけた、政府のリーダーといえば、岩倉具視(ともみ)は別格として大久保利通でした。大久保暗殺後は内務卿(実質的な総理大臣)の地位を継承した伊藤博文と、大蔵省を掌握する大隈重信が並び立つ形となりました。それが議会の開設をめぐって明治十四年の政変へ、という展開になるわけですが、それは皆さんご存じでしょうから、省きます。

 ぼくが注目したいのは、こうした大隈の有能ぶりを評価しなかった人物がいました。それが誰あろう、あの大西郷、西郷隆盛だったのです。理由は? 大隈には血のニオイがしない。こういう人間はいざとなったら、腹をくくれない、覚悟がない。命を懸けられないヤツは信用できない、ということらしい。うん、適当か否かはさておいて、確かにこういう尺度はあり得るのかもしれません。(次週に続く)

                  

 大隈重信  1838~1922年 慶応大学の創始者である福沢諭吉は政治家を厳しく批判する人であったが、大隈とだけは親しく交わった。福沢が亡くなると、遺族は供花や香典のたぐいを一切拝辞したが、大隈の献じた花束だけは受け取った。英雄は英雄を知るというが、2人の大きさを示すエピソードである。

                  

【プロフィル】本郷和人(ほんごう・かずと) 東大史料編纂所教授。昭和35年、東京都生まれ。東大文学部卒。博士(文学)。専門は日本中世史。

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