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【話の肖像画】ノンフィクション作家・沖藤典子(3) 仕事、育児、介護が重なって

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【話の肖像画】
ノンフィクション作家・沖藤典子(3) 仕事、育児、介護が重なって

働いているころの沖藤典子さん(本人提供) 働いているころの沖藤典子さん(本人提供)

 〈このころ母が亡くなる。東京に呼び寄せ孝行したいという思いは果たせなかった〉

 次女も生まれ、会社では室長という責任のある仕事を任せられるようになり、綱渡りの生活でした。父と話し合った結果、45年、父が札幌の家を売って上京してくれることになりました。父にとっては思い切った決断だったでしょう。長年住み慣れた北海道を離れ、新たに買った神奈川県の家で私たちと同居を始めました。すぐに近所になじみ、お友達もできて、孫娘の送り迎えをしてくれました。このころが家族にとっていい時間でした。

 〈穏やかな日々は長くは続かなかった。夫が札幌に転勤になる〉

 父と同居して5年ほどたっていたでしょうか。当時は、特に夫の会社では転勤に家族がついていくのが当たり前でした。夫も当然、来てほしいと思っていました。でも、私には仕事があります。父も思いきって札幌を出てきたところです。何度も話し、夫は単身赴任することになりました。「何で奥さんは来ないの」など、結婚時に私の姓にしたことも含め、会社の人からはずっと言われていたようです。

 〈またも試練が訪れた。子育てを手伝ってくれていた父の発病だ〉

 最初は「首が痛い」と言うので、寝違えだと思っていました。後に進行がんだと分かりましたが、当時は本人に告知しないのが一般的で、父は病院不信になるし、言えないのがつらかった。仕事、育児、介護を1人でこなさなければなりませんでした。

 夜中に倒れた父に付き添って病院に行くため子供2人を家に残さねばならなかったり、病院の階段を父を背負って昇降したり。夫から札幌に来てほしいとの催促も続きました。50年に父が亡くなり、改姓の負い目もあり、翌年、家族で札幌に行くことにしました。15年勤めた会社を辞めたのです。(聞き手 小川記代子)

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