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【文芸時評】6月号 早稲田大学教授・石原千秋 被災描くフェミニズム小説

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 谷崎潤一郎に「饒舌録」という文芸時評があって、芥川龍之介との間に「小説の筋論争」を巻き起こし、芥川の死期を早めたのではないかとまで言われた。「掘り出しものをするとか、隠れたる天才を発見するとか云うようなことが、批評家としての任務でもあり、またその虚栄心を満足させる所以(ゆえん)でもあろうが」と皮肉混じりにその効用を認めながら、「矢張り文芸物の鑑賞は、それが発表された時より多少の時日を置いてからの方がいいような気がする」と言う。

 それでも、そうした「責任や野心」を超えて訴えてくる新人の小説に出会ったときの喜びは何ものにもかえがたい。今月の文芸時評は、群像新人賞受賞作・北条裕子「美しい顔」で埋め尽くされるだろう。名の通った他の作家の作品もすべて色あせて見える。

 「青年はジーンズをはいていた。青みの強いジーンズだった。ジーンズはそろーりそろりと動き、止まる。そしてシャッター音。」。恋愛小説かなと読みはじめるが、第3文がもうそれを裏切りはじめる。この裏切りはどこへ向かうのかと、さらに読もうとする。みごとというほかない。事実は、東日本大震災に遭遇して、母を亡くして弟と避難所で過ごす17歳のサナエが語る被災小説である。

 避難所生活を安っぽいセンチメンタルで見せ物に仕立て上げるマスコミへの嫌悪と、そうした視線で見られ続ける嫌悪。マスコミは、3人いた準ミスの1人だった彼女を、訂正しても「ミスS高校」と紹介する。それにそれをまるで売名行為のようにねたむ声。こうしたことがマスコミによって日常的に行われていることを、もう僕たちは知っている。だから、こうした出来事だけならどうということもない。しかし、それが一人称で語られるとき、彼女がそれらを痛切に見ていることが読者を切り裂く。冒頭の一節がもうそれを予告している。それだけではない。

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