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【話の肖像画】ミュージシャン・小室等(3)「出発の歌」大ヒット、音楽番組に

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 「六文銭」という名は、東京都内にあった居酒屋の看板と、僕らが好きだった英国のサマセット・モームの小説「月と六ペンス」から着想を得ています。高校の同級生だった小林と僕のような、フォーク好きの者たちが集まって交流するようなグループでした。当時は、自分がよく意味も理解していない外国語ではなく、日本語で歌おう、と思うようになっていた。だから日本語のグループ名にしたかったんです。メンバーが交代しながら、学園祭の延長みたいな音楽活動が続いていました。

 〈46年開催の「第2回世界歌謡祭」に出場するために「出発(たびだち)の歌」を作曲した〉

 「出発の歌」では、パワフルな歌唱力に定評がある歌手の上條恒彦さんと、「六文銭」のゴスペル調のハーモニーがかみ合ったら面白いな、と思いながら作曲しました。当時は歌手、浅川マキさんの「夜が明けたら」のような夜明けに汽車で旅立つイメージか、米歌手のボブ・ディランのような放浪の旅のイメージの歌が多かった。そこで「六文銭」メンバーの及川恒平に「今までにないような明るい感じで出発する旅の詞を書いてほしい」と頼んだんです。

 〈この曲は世界歌謡祭でグランプリ・歌唱賞を受賞。大ヒットを記録した〉

 「出発の歌」が売れたのは予想外の出来事でしたね。それから上條さんとともに「六文銭」はテレビ局の音楽番組を渡り歩いて歌うようになった。スケジュールを全て押さえられ、音合わせ、リハーサル、本番という流れを何度も繰り返す。歌う現場が楽しくなくなり、グループ内がギクシャクするようになった。僕はリーダーとして皆をなだめましたが、及川は「もう我慢できない」と。それでグループを解散しました。(聞き手 竹中文)

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