PR

ライフ ライフ

【話の肖像画】野球解説者・佐々木信也(3) 26歳で引退、テレビの世界へ

Messenger

 当時、NETの中継が多かったのは東映フライヤーズ(現日本ハム)戦。37年の優勝、日本一はいい戦いぶりだった。解説でコンビを組んでいたのは同世代の奈良和アナウンサー。「佐々木さん、若さでいきましょう」と声をかけてくれた。どちらが言い出したのだったか、「なるべく短いセンテンスの言葉で、会話のキャッチボールをしよう」と意見が一致したのを覚えています。

 取材では選手が着替え中のロッカーにまで入り、話を聞き出しました。東映の試合前、トップバッターを務める西園寺昭夫の目の周りが二日酔いで赤いのを見つけ、「こらっ!」としかると、「見逃してください。ヒットを打つので…」と懇願されたことがあります。本当に3安打を放ち、放送では内緒にしてあげました。

 解説者の仕事のかたわら、ラジオの音楽番組のディスクジョッキー、テレビのワイドショーの司会なども積極的にやりました。野球のしゃべりでプラスになると思ったものは全部引き受けたから。こうした経験は後のプロ野球ニュースでのしゃべりにも直結しており、自分の栄養になったと思います。

 実は、解説の仕事に母(静子さん)は最初大反対だった。「信也は朝から晩までひと言もしゃべらないような無口な子だった。無理だからすぐにお断りしなさい」と。何年かして、私の講演を聞いてようやく安心したようでした。(聞き手 三浦馨)

関連ニュース

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ