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【話の肖像画】野球解説者・佐々木信也(2)母親孝行のためプロ野球へ

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 契約金は350万円。今でいえば8千万円から9千万円ぐらいの価値かな。おかげで下の弟2人を大学へ行かせることができました。

 〈31年に入団した高橋では1年目からセカンドに定着。リーグトップの180安打を放ち、打率も2割8分9厘(リーグ6位)で西鉄(現西武)の稲尾和久と新人王を争った。だが、パ・リーグを8球団に増やすため29年に発足したチームの選手は寄せ集めに近く、2年連続の最下位に終わった〉

 プロ野球に関しては何の予備知識もないまま入団したが、最初に岡山のキャンプへ合流し、先輩たちの動きを見て、「あっ、これならレギュラーは大丈夫だ」と自信を持った。キャンプで練習後に宿舎へ帰り、夜に素振りをしていたのは私だけ。先輩たちは毎晩、歓楽街へ繰り出していました。

 この年はオールスターにも選ばれて、杉下茂(中日)、長谷川良平(広島)の両エースからヒットを打ちました。同い年の金田正一(国鉄=現ヤクルト)と1度だけ対戦したのもこのとき。三振に仕留められました。

 〈翌年(32年)春のキャンプ中、突然、高橋と大映スターズの「合併」が発表され、大映ユニオンズが誕生。「大映の佐々木」としてプロ2年目を迎えることになった〉

 私のように大映へ移った選手が多かったけど、東映(現日本ハム)と近鉄へも振り分けられ、残り3分の1はクビになった。だから私は合併でなく、高橋はあのとき解散させられたのだと、今でも考えています。(聞き手 三浦馨)

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