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【日曜に書く】大阪の夢は海に浮かぶ 論説委員・鹿間孝一

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 大阪は太古の昔、海だった。陸地といえば、現在は大阪城などがある上町台地と呼ばれる丘陵が、半島のように突き出しているだけだった。

 「おごそかなことに、地もまたうごく」

 司馬遼太郎さんが大阪の成り立ちを書いた一文が、JR大阪環状線の大阪城公園駅にレリーフにして飾られている。

 「夏、駅舎の前の森の露草の花の青さにおどろくとき、またたきの間(ま)でも茅渟(ちぬ)の海を思いかさねてもらえまいか。ひたにこのあたりまで満ちていたことを」

 「目の前の台地は島根のごとくせりあがり、まわりを淡水(まみず)が音をたてて流れ、大和や近江の玉砂を運び、やがては海を浅め、水が葦(あし)を飼い、葦が土砂を溜めつつ、やがては洲(しま)になりはててゆく姿は、たれの目にもうかべることができる」

古代から海上都市

 大和川や淀川が運んできた大量の土砂が河口に堆積して、島(実際には洲)になった。その数の多さをたとえて「八十島(やそじま)」と呼ばれた。

 「古代人にとって、島が誕生してゆくことに、神のわざを感じたのにちがいなく、ふるくからこの浜辺で、八十島をめでたく思う意味をこめた神事がおこなわれていた」。司馬さんは「大阪の原形」にこう書く。

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