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【書をほどき知をつむぐ】『西南役伝説』石牟礼道子著 辺境の暗がりからの眼差し 学習院大学教授・赤坂憲雄

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 あるいは、『西南役伝説』は明治維新にはじまる日本の近代に向けての、ある根源的な批判を宿している。辺境の暗がりから、世間を凝視してきた百姓たちの眼(まなざ)しによって、いくつもの戦争に駆りだされ、無惨(むざん)な生き死にを強いられた歴史が浮き彫りにされる。しかも、国家権力を握った支配層など、下々の者たちを大事にするあいだは、上に座らせておけばいい、共同することを知ってからは、下々の心ひとつで政治はひっくり返る、と水俣の百姓は呟くように語るのだ。諸行無常など、権力からこぼれた者らの夢語りでしかないと言いたげに。

 さらに、水俣病についての民話のような語りが、なんとも魅力的だ。チッソの会社が尻の始末を、また毒をたれ流し、世界のうちにもなかような奇っ怪な病気で、魚も殺す、人も殺す、たくさんの船に幟(のぼり)を押し立て、三千人の漁師がチッソを取り囲んで、ひと軍勢あったちゅうぞと、まるで戦さ語りのようだ。そのように、歴史は民話として語り継がれてきたのか。

 わたしのなかには、いつしか石牟礼さんのふたつの小説、島原の乱を描いた『春の城』と水俣病を描いた『苦海浄土』とが、『西南役伝説』を仲立ちとして結ばれている、そんな見取り図が生まれている。われわれの近代とは何であったのか。痛苦にまみれ、それでも夢を紡ぎながら、そこに異相の近代が起(た)ちあがる。水俣と福島とは、やはり石牟礼道子さんによって繋がれていたのかもしれない、と祈るように思う。ならば悲観する必要はない。(講談社文芸文庫・1800円+税)

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