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【話の肖像画】平昌パラアイスホッケー代表・上原大祐(2)遠かった世界、ゼロから再起を

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 〈日本での競技人口は40人に満たない〉

 競技人口が増えず、裾野が広がらない理由の一つには、練習環境の厳しさもありますね。特に東京ではリンクの確保が難しく、練習開始時間が夜中の1時、2時、終了が朝の6時、7時なんてこともザラ。そんな時間帯に少年・少女は参加できないでしょう。公的な強化費は増えていますが、企業のスポンサー確保などの面ではまだまだ…。

 ただ、氷上で練習できないのなら、ローラーブレードのスレッジ(そり)をつくって陸上でやればいい。(国内ルールでは)健常者でも、パラアイスホッケーの試合に出られるのだから、潜在的な裾野は広いはずなんです。

 僕はPR活動や体験イベント、地方への展開や大学ホッケー部との連携、特別支援学校を拠点とした普及などをどんどん進めるつもり。現状キープではなく、瀬戸際にあるという現状と課題をしっかり認識し、ゼロからつくり直すつもりでやらねば、次(4年後の北京大会)はなかなか見えてきません。

 〈最初のパラリンピック出場だった平成18年トリノ大会では日本チーム最多得点を記録、22年バンクーバー大会準決勝の大一番、カナダ戦では決勝ゴールを決めた。だが、日本はソチ(26年)の出場を逃し、自身も約3年間、競技から離れた〉

 (平昌大会に向けて)現役に復帰した理由は2つあります。1つは東京大会に向け、平昌はメディアが注目する大事な大会になるだろう、ということ。そのときにNPO(D-SHiPS32)代表としてだけではなく、選手として話した方が発信力があるし、課題を知ってもらうこともできます。

 もう1つは、26年から始めたNPO活動で、障害があるたくさんの子供たちや親御さんと知り合い、僕がプレーする姿を見たいというリクエストがあった。氷上で戦う僕を見てチャレンジする気持ちを持ってほしい、ワクワクする心を届けたい。そう思ったんです。(聞き手 喜多由浩)

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