PR

ライフ ライフ

【話の肖像画】相沢病院理事長・相沢孝夫(4) 田中康夫知事がやって来た

院長就任であいさつ=平成6年
Messenger

 〈『病院の正面玄関には、「24時間365日対応」などという大見栄を切った看板が、造りだけは堂々と掲げられている』-。映画化もされた夏川草介の小説「神様のカルテ」の舞台、本庄病院のモデルは相沢病院だ。救急への熱心な取り組みは平成3年、病院祭で打ち出した経営方針にすでに盛り込まれていた〉

 父は、病院は入院患者と救急患者を診るところだと言っていました。医師がいないのに救急を断らないため、父は病院に泊まり込み、ほとんど家に帰ってこなかった。自分の具合が悪いときも、病室から白衣を着て患者さんの診察や回診に行っていたんです。父がやりたかった救急医療を、僕も大事にしたいと思っていました。

 6年に院長になったときも救急に力を入れていく方針を改めて示したんですが、古い時代からいる人たちには反対する人もいて、急にはできませんでした。そこで、新しい人事制度を作り、目標を共有することから始めました。

 〈毎年、正月にその年の全体方針を示し、各部門でそれに沿った計画を立ててもらう。役職者とは面接もして、人事査定も行う〉

 普通の企業に近いマネジメント体制です。方針を共有することにより、救急の体制づくりができていった。それまで救急は病院の当番の日だけ外来の一部を開けてやっていたのですが、24時間365日対応することを前提としました。6年に救急外来を立ち上げ、14年には今のようなER(救命救急室)が始まりました。当時、松本市がある長野県中信地域には救命救急センターがなかったんですよ。そこで、この地域の急性期医療の担い手として24時間365日、断らない救急体制を目指しました。

続きを読む

関連ニュース

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ