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【話の肖像画】相沢病院理事長・相沢孝夫(3) 内紛乗り越え院長に

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【話の肖像画】
相沢病院理事長・相沢孝夫(3) 内紛乗り越え院長に

病院祭であいさつ。理念を示した=平成3年10月1日 病院祭であいさつ。理念を示した=平成3年10月1日

 〈平成2年、相沢病院は初めて赤字に転落した。バブル崩壊で赤字は拡大し、「相沢病院は松電(松本電鉄)に買収された」との噂も立った。そのころ、院内では経営をめぐり対立が深まっていた〉

 それまで病院は薬価(薬の公定価格)と仕入れ値の差額を主な収入源としていましたが、国の政策で薬価が下げられた。バブルの頃は収入源になっていた有価証券や株式など投資のリターンもなくなり、赤字は膨らみました。このままじゃだめだ、ちゃんと病院の経営を勉強しなきゃと、泊まりこみで経営の勉強をする講座に行きました。そこで、人はどうやったら動くのか、リーダーシップを発揮するにはどうしたら良いのかを学びました。

 経営が悪くなってくると職員の意欲も下がり、看護師さんが大量に離職、病棟1つを完全に閉鎖しないといけなくなりました。どこも閉めたがらない中、内科の責任者だった僕が、まず内科の病棟1つを閉鎖すると決めた。看護師さんたちは「何で私たちの病棟を閉鎖しなきゃいけないの」とぼろぼろ泣いて…。でも経営しなければ皆の給料を払えない。

 病院はがたがたで、効率も風通しも悪く、皆、向いている方向が違う。「何とかしなきゃいけない」と僕が言い出したら、「一緒に改革をしたい」という同志が7人くらい集まってくれました。

 〈職員が一つにまとまるため、地域の人も巻き込んで企画されたのが3年10月の「病院祭」だ〉

 ばらばらなときは何を言ってもだめで、始めは皆、協力してくれなかった(笑)。それでも仲間が一生懸命駆け回ってくれて、病院を紹介する企画や出店に地域の人が来てくれた。僕は病院祭の意味と病院のこれからを理念として職員に示しました。これが今の相沢病院の流れの一つになっている。病院祭は今も続いています。

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