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駿府城天守台、日本一の大きさだった 静岡市の発掘調査で判明

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 当時の記録では、駿府城は7階建てで三重の堀を持つ城だったと伝えられるが、1635年に城下の火事が燃え移り天守閣などが焼失。天守閣はそのまま再建されることなく、天守台も1896(明治29)年に陸軍兵舎を建てるために取り壊された。

 家康がこの世を去ったのは大坂夏の陣翌年の1616年のことで、天守閣が焼損した1635年にはもはや豊臣氏に備えて日本最大の天守台を維持する必要性はなくなっていた。

 天守台の発掘調査は田辺市長が天守閣の再建構想を打ち出したことを受け、再建が可能かどうかを見定めるために平成28年度から4年間の予定で始まった。

 市によると、天守台を石垣構造で復元する場合、盛り土構造での復元(同3年の計画策定時の費用は約6億円)の10倍を超える約60億~100億円が必要。さらに天守閣を再建する場合、コンクリート造りで40億円、木造で90~140億円の費用が必要となる。

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