PR

ライフ ライフ

駿府城天守台、日本一の大きさだった 静岡市の発掘調査で判明

Messenger

 絵図の信用性が裏付けられた形で、現在は確認できない天守台の高さについても今後、絵図の記載に基づいて再現が可能となりそうだ。天守台の高さについて絵図は地上から約12メートル、堀の水面から約19メートルと記している。

 駿府城は武田家滅亡後に駿河(現在の県中部と東部)を手に入れた家康が1585年から約3年間かけて今川氏の居館跡に築城。家康は豊臣秀吉の命により1590年に関東に移るものの、天下統一後の1607年2月に駿府城の大改修を命じ、天守台が完成した同年7月ごろに江戸から再び移り住んだ。天守閣の完成は1610年ごろとされる。

 関ケ原の戦い(1600年)に勝って1603年に江戸幕府を開いたとはいえ、大坂城にはなお秀頼が陣取っており、大御所となった家康が駿府城を大改修して自らの居城とした背景には来るべき豊臣との最終決戦に備えて同城を江戸を守る最終防衛ラインとして整備する意図があった可能性が高い。大坂夏の陣で豊臣家が滅びるのは家康が再び駿府城に移り住んでから8年後の1615年のことだ。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ