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【話の肖像画】大阪大教授・関谷毅(3) ブラジルと転校で培った価値観

4歳のころ、ブラジルの学校で(最前列、本人提供)
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 〈医療やインフラ点検など多様な分野の専門家と交渉して最新技術を導入する高いコミュニケーション能力は少年時代に身につけた。幼少の頃の大半をブラジル・サンパウロ州で過ごしている。帰国後も父親の仕事の関係で、引っ越しが多かった〉

 ブラジル時代は、日本人学校ではなく現地の学校に通いました。物心ついた頃にはブラジルにいたので、異文化の中にいるという認識はありませんでした。家では日本、外ではブラジルという両方の文化が日常だったと記憶しています。大変だったのは、小学校入学前に日本に帰国したときです。

 ブラジルでは当時、授業中に勝手気ままに外で遊びに行っても怒られない雰囲気がありました。しかし、日本では全く違うため、非常に戸惑った記憶があります。先生たちが話す日本語も、ほとんど意味が分かりませんでした。

 世の中の全てが難しく複雑に感じられた時期で、自分は本当に大きくなれるのかという不安に襲われました。しかし、世界にはたくさんの国があり、自分は地球の裏側のブラジルで過ごしてきたこと、日本とは国や文化の違いがあることを、頭ではなく心で理解できたと思います。

 また、たくさん転校をしてきたので、どこに行っても新しい友達を作るためにその土地を知り、価値観や文化の違いを気にすることが多かったですね。

 ここに私の研究者としての原点があるように思います。研究という世界はそれぞれの個性がはっきりしている分、専門分野が異なるだけで別世界で、「まるで異国のようだ」と言われることがあります。同じ言語を使っていても、研究室が変わるだけでカルチャーショックを受けることも多いです。そういう意味で、畑が違う分野同士のコラボレーションはハードルが高いともされています。

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