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【東日本大震災7年】職人の絆、山梨で花火師人生再び 宮城から移住した大杉しのぶさん(39) 被災地の海岸で毎夏…夜空に「懸け橋」

高さ300メートルに達するという尺玉を手に、花火製作について語る大杉しのぶさん=山梨県市川三郷町山保(松田宗弘撮影)
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 東日本大震災から1年後の平成24年3月、宮城県岩沼市の花火職人だった大杉しのぶさん(39)は、山梨県市川三郷町市川大門の花火メーカー「マルゴー」に転職し、第二の人生をスタートさせた。同社との出合いは震災の約4年前。花火を愛する職人の絆が、大きな転機につながったという。 

 大杉さんは18年から約5年、宮城県岩沼市の花火工場に勤務。被災時は工場にいたが無事だった。近くの実家の両親と兄の家族3人も無事だったという。

 「大丈夫ですか」。被災数日後、マルゴーの斉木智専務(49)から携帯に電話が入った。「すごくうれしかった。携帯電話網が完全に復旧していない中で、つながったのは不思議でした」と振り返る。直後に、宮川拓也工場長(45)からも励ましのメールを受信。その後、支援物資が届いた。

 仙台市出身の大杉さんは大学卒業後、いくつか仕事を経て花火師に。19年10月に茨城県の「土浦全国花火競技大会」で間近に見た「速射連発花火」。これがマルゴーとの出合いとなった。

 「見た瞬間、鳥肌が立ちました。明るさと暗さの対比が素晴らしく、夜空に描かれた絵のようでした」と振り返る。

 翌月、東京での花火業者の研修会で、斉木専務に声をかけ、感動を伝えた。その後、花火業者の会合で宮川工場長とも面識を得た。

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