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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】(4)「最後の総督府官吏」の“遺言” 朝鮮人とは仲良くやっていた

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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】
(4)「最後の総督府官吏」の“遺言” 朝鮮人とは仲良くやっていた

朝鮮人の同僚(両端)と(西川氏は右から2人目) 朝鮮人の同僚(両端)と(西川氏は右から2人目)

 西川が持ち帰った写真には、朝鮮人の同僚と一緒に花見や野球を楽しんだり、親しげに肩を組んだりしたカットがたくさん残されている。「日本は立派な統治をしたと思う。(略奪が酷(ひど)かった)西欧の植民地支配とは違い、日本は朝鮮に多大な投資をした。『土地を奪った』という非難も当たらない。従来、あいまいだった朝鮮の土地を、日本が測量・登記し、権利関係を整理したのが本当です」

 耳に入らないわけが…

 くどいようだが、統治する側とされる側が同じ歴史観を持つことはできない。旧制六高から東京帝大法学部を出て昭和9年の高等試験(行政科)に合格、「キャリア組」として総督府に入った任文桓(戦後、韓国農林相)は戦後出版した自著で、日本人の同期とは出世、待遇などで差別を受けたとした上で、日本に従うフリをする“曲芸師”だったと書いている。

 ひとつには、中央の総督府と、朝鮮人の官吏が多かった地方官庁(西川は道や郡の官吏だった)との雰囲気の違いがあったのかもしれない。

 だがコト、慰安婦問題や徴用工問題に対する見解となると、西川は一歩も引かない。インサイダー(内務課長)として、詳しく実情を知る立場にあったからだ。

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